日本の住宅における省エネ基準が大きな転換期を迎えています。
これまで日本の住宅では、2016年に制定された「H28省エネ基準」が省エネ性能の評価基準として用いられていました。この基準に基づき、建物の断熱性能や一次エネルギー消費量が評価されています。
しかし、基準は制定されていたものの、一部の建築物を除いて適合が義務化されておらず、多くの住宅が実際には基準に達していない状況でした。
2025年4月以降はこの状況が大きく変わり、すべての新築住宅に対して省エネ基準の適合が義務化されます。従来の省エネ基準が最低ラインとなることで、住宅の省エネ性能が大幅に向上することが期待されているのです。
一方で、法改正により着工までの手続きが増え、審査基準も厳格化されるため、建築士や建築主の業務負担が増加することが予想されます。そのため、今のうちから適切な対策を講じ、法改正に対応できる体制を整えておくことが重要です。
本記事では、新しい省エネ基準の詳細、その影響、そして設計者や建築主が直面する課題と効果的な解決策について詳しく解説します。
住宅における省エネの基準とは?
住宅の省エネ基準は、建築物が達成すべき省エネ性能を定めた基準です。
この基準は、2015年7月8日に公布された建築物省エネ法(正式名称:建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律)によって定められています。主な目的は、建築物のエネルギー消費性能を向上させることです。
建築物省エネ法が制定された背景には、日本が推進する以下の環境目標があります。
- 2030年度において温室効果ガスの排出量を46%削減(2013年度比)
- 2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロ(カーボンニュートラル)
建築分野は日本のエネルギー消費量の約3割を占めているため、省エネ対策への取り組みが急がれています。このことから、建築物省エネ法では、建築物全体の省エネ性能の向上を図るために主に2つの基準が定められています。
- 外皮性能基準:建物の断熱性能に関する基準
- 一次エネルギー消費量基準:設備機器等のエネルギー消費量に関する基準
2つの基準を満たすことで、環境目標の実現だけでなく、居住者の快適性が向上することも期待されています。
外皮の熱性能基準
外皮性能基準は、建築物の外皮(外壁、床、屋根、天井、窓、ドアなど)の断熱性を数値化したものです。
外皮性能基準は主に以下の2つの指標で構成されています。
- 外皮平均熱貫流率(UA値)
- 冷房期の平均日射熱取得率(ηAC値)
外皮平均熱貫流率(UA値)は、建物の壁や屋根、床、窓などを通じて室内にどれだけ出入りしやすいかを示した数値です。UA値で表され、数値が小さいほど断熱性能が高い住宅ということになります。
UA値は、以下の計算式で求められます。
一方、冷房期の平均日射熱取得率(ηAC値)は、屋根、外壁、及び窓などから入ってくる日射量を表す数値です。省エネ基準では日射熱が最も大きい夏季の値を定めており、ηAC値が小さいほど日射熱が侵入しにくいため、冷暖房の消費エネルギーが削減できます。
平均日射熱取得率(ηAC値)は以下の計算式で求められます。
外皮平均熱貫流率と冷房期の平均日射熱取得率の両方の値を満たすことで、省エネ基準のうち外皮性能基準を達成したことになります。
外皮性能基準は地域によって異なる
日本国内では、地域ごとに気候条件が変わるため、求められる外皮性能基準も異なります。地域ごとに設定されている外皮性能基準は以下のとおりです。
比較をしてみると、北に向かうほど外皮平均熱貫流率の基準が厳しくなり、南に向かうほど冷房期の平均日射熱取得率が重要になっています。
北の寒冷地では、厳しい冬の寒さに対応する必要があるので、より高い断熱性能が求められます。反対に温暖な南の地域では夏の暑さ対策が重要になるので、日射を効果的に遮る設計が重要視されるのです。
このように、地域ごとの気候特性に応じた基準を理解し、それに基づいた設計を行うことで、省エネ性能の高い住宅が実現します。
一次エネルギー消費量基準
一次エネルギー消費量基準は、住宅全体のエネルギー使用効率を評価する指標です。
家全体でどれだけのエネルギーを使うかを予測し、数値化することで効率性を判断します。
一次エネルギー消費基準を判断するために使用されるのが「BEI値」です。BEI値は、設計された住宅の予想エネルギー消費量(設計一次エネルギー消費量)を、基準となるエネルギー消費量(基準一次エネルギー消費)で割った値です。
数値が小さいほど省エネ性能が高いことを示しており、国が定める省エネ基準ではBEI≦1.0以下が求められます。
設計一次エネルギー消費量の算出には、各設備機器のエネルギー消費量だけでなく、住宅の構造(外皮性能等)による省エネ効果も考慮されます。つまり、設備機器の性能だけでなく、住宅全体としてどれだけ効率的にエネルギーを使用しているかを表す指標になるのです。
一次エネルギー消費量が省エネ基準を満たすことで、住宅のエネルギー消費量と光熱費の削減が期待でき、同時に環境への負荷も軽減されます。
2025年4月から住宅でも省エネ適合義務化される
建築物省エネ法の改正により、2025年4月以降に着工するすべての建築物に対して、省エネ基準への適合が義務付けられます。
省エネ基準の適合義務は、これまで中規模・大規模の非住宅のみに適用されていました。住宅については届出義務のみ、そして300㎡未満の小規模住宅・非住宅では説明義務となっています。そのため、省エネ基準は定められていたものの、必ずしも満たす必要はありませんでした。
しかし、改正後は300㎡未満の住宅・非住宅を含むすべての建築物で省エネ基準への適合が義務化され、断熱性能やエネルギー消費量に関する設計が求められるようになります。
省エネ基準を満たしていないと、確認済証や検査済証の交付を受けられませんのでご注意ください。
現行の省エネ基準
現行の省エネ基準は、2016年(平成28年)に制定された「H28省エネ基準」が採用されており、建築物の規模に応じて以下の3種類の義務が適用されています。
- 適合義務
- 届出義務
- 説明義務
建築物の種類と対応する義務は以下のとおりです。
適合義務は、建築物の新築などで、定められた省エネ基準を満たすことを義務付けるものです。建築基準法の建築確認・完了検査の対象となり、基準に適合しなければ着工はもちろん、建物を使用することができません。現行では大規模、中規模の非住宅のみに適用されています。
また、届出義務は、建築物の工事着手の21日前までに所管行政庁に省エネ計画を届け出ることを義務付けるものです。届出を怠ったり虚偽の届出を行ったりすると、最大50万円の罰金が科されます。届け出に対して義務があるため、期限までに提出ができれば問題ありません。現行では、大規模・中規模の住宅に適用されています。
300㎡未満の住宅・非住宅に適用されている説明義務は、建築士が建築主に対して省エネの必要性や効果について情報提供を行うことを義務付けるものです。建築主の省エネに対する意識を向上させることを目的にしています。
しかし、2025年4月以降はすべての建築物で省エネ基準への適合が義務化されるため、届出義務と説明義務は廃止される予定です。
300㎡未満の住宅も適合義務化
2025年4月以降の改正で大きな変更点となるのが、小規模(300㎡未満)住宅・非住宅への省エネ基準適合の義務化です。省エネ基準適合が義務化されることで、住宅の断熱性能や省エネ性能が大幅に向上し、温室効果ガスの排出量削減も期待できます。一方で、この改正に伴い懸念されているのが、建築士や建築主の負担増加です。
従来の説明義務では、省エネ基準に「向上させる努力義務」があることと、基準への適合状況を説明するだけで十分でした。しかし、改正後は所轄行政庁又は登録省エネ判定機関に省エネ計画を提出し、適合判定通知書の交付を受けていなければ、確認済証が下付されません。
つまり、着工日に間に合わせるには、建築確認申請の仮受付のときに省エネ適合性判定の作業を並行して進める必要があるのです。
省エネ計画が基準に満たない場合、設計内容の変更が求められ、それに伴い予算等の調整も発生します。調整には時間がかかることが予測されるため、余裕を持ったスケジュールで工程管理を行うことが重要です。
完了検査に注意
省エネ基準適合が義務化されることで、完了検査もより厳しくなることが予想されます。住宅が省エネ基準に適合しているかどうかは、最終的に完了検査で確認されます。
完了検査に合格しない場合、建物の引き渡しや使用許可が得られません。設計・施工段階での厳密な基準への対応が不可欠です。
留意事項としては、2025年4月以前に工事着手予定で、建築確認の確認済証を取得していても、実際の工事開始が2025年4月以降である場合、完了検査時には省エネ基準への適合確認が求められます。省エネ基準に適合していない場合は検査済証が発行されませんので、省エネ基準適合義務に対応するようご注意ください。
設計事務所が直面する課題
省エネ基準適合の義務化に伴い、設計事務所は多くの課題に直面します。特に、建築確認申請の審査基準が厳格化し、複雑化する省エネ基準への対応により、作業負担が大幅に増加します。
さらに、確認申請が通らない場合のリスクや、施工するまでの間、詳細な検討を繰り返す必要があり、設計業務も非常に複雑化します。
このような背景から、建築士は最新の省エネ基準に関する知識や最新の動向をチェックすることが欠かせません。
確認申請が下りないと着工できない
確認申請では、建築基準法や省エネ基準に適合しているかが厳密に審査され、とりわけ省エネ基準の適合が重要視されます。
省エネ基準に適合しないと確認申請が下りないため、確認申請が通らない場合は、設計の見直しや修正が必要となり、工期の遅延や追加の設計費用が発生するリスクも考えられます。
設計業務の負担増加
省エネ基準への対応により、設計業務の負担は大幅に増加していくことでしょう。
具体的には、断熱性能やエネルギー消費量をシミュレーションで計算し、それに基づいた設計を行う必要があります。
また、使用する材料や設備の選定にも基準適合が求められるため、各段階での精密な検討が必要となり、設計者は従来の業務に加え、省エネ関連の追加作業をこなさなければならず、業務量が増加します。
さらに、確認申請に必要な書類や計算書の作成も増加し、設計事務所の人員やリソースにかかる負担が大きくなってきます。
これらの業務負荷に対応するためには、業務プロセスの効率化や最新技術の導入が不可欠となります。
度重なる確認と検討
省エネ基準に適合させるための設計は、一度で完了することはほとんどありません。
計画段階から何度も確認と再検討が行われ、省エネ性能を高めるための修正が繰り返されます。特に外皮性能や設備のエネルギー効率に関しては、建物の配置や形状、窓の位置、断熱材の選定など、設計に大きな影響を与える要素が多く、これらをすべて考慮した設計が求められます。
また、設計のたびに基準適合を確認するためのシミュレーションや計算が必要であり、その都度設計を見直す作業が発生します。
これにより、プロジェクト全体の進行が遅れるリスクがあり、計画通りに進めるためには事前の綿密な計画が欠かせません。
指摘対応の厳しさ
建築物省エネ法の改正後は、確認申請の過程で審査機関からの指摘が増える可能性が高まっています。特に省エネ基準に関する項目は非常に厳密にチェックされ、わずかな不備や誤りでも指摘の対象となります。
外皮性能や一次エネルギー消費量の計算が不正確だったり、提出書類に不備があったりすると、申請が通らず再提出が必要になります。期限が伸びることで、工期の遅延や追加コストが発生するリスクが高まります。
このようなリスクを避けるには、事前準備が重要です。資料を過不足なく準備し、シミュレーションや計算結果を慎重に確認することが求められます。また、常に正確な情報とデータを手元に用意しておくことも大切です。
さらに、最新の基準に基づいた対応策を事前に検討し、ミスを未然に防ぐための準備を徹底しなければいけません。万全の対策を講じることで、指摘に迅速かつ正確に対応し、確認申請プロセスをスムーズに進めることができます。
建築士は最新の基準に基づいた対応策を事前に検討し、ミスを未然に防ぐための準備を行いましょう。
すべての課題を簡単に解決できる方法とは
建築物省エネ法によって申請や届出が義務付けられている省エネ計算は、建築物の外皮性能、エネルギー消費量、太陽光発電の有無など多岐にわたる要素を総合的に判断する必要があり、その仕組みは非常に複雑です。
さらに、省エネ計算に不具合があれば、適合するまで何度も再提出が求められるため、設計者や施工業者にとって大きな負担となります。
この負担を軽減する方法として有効なのが、省エネ計算代行サービスです。高度な知識を有する専門家が、省エネ基準に適合した設計を効率的に行うため、プロジェクトを滞りなく進められます。
図面を送るだけでOK
省エネ計算代行サービスの最大の強みは、設計図を送るだけで省エネ基準の適合が簡単に確認できる点です。従来、省エネ基準への対応には複雑な計算やシミュレーション、試算が必要でしたが、省エネ計算代行サービスを利用すれば手間がかかりません。
設計図を専門の技術者に送るだけで、外皮性能や一次エネルギー消費量などの計算をすべて代行してもらえるため、計算ミスを防げます。専門的な作業を専門機関に任せることで、本来の業務に集中する時間を確保できます。
目標値を満たすようご提案
省エネ計算代行サービスでは、設計図をもとに外皮性能や一次エネルギー消費量などの基準値を達成するための具体的な提案も行います。
例えば、断熱材の選定や厚さの調整、窓やドアの位置やサイズの変更など、基準を満たすための詳細な改善策を提示します。さらに、冷暖房設備の効率化や再生
可能エネルギーの導入に関するアドバイスも行います。提案をもとに設計を調整するだけで、基準に適合した住宅を簡単に実現可能です。
審査機関とのやり取りほぼ不要
上岡祐介建築設計事務所の「丸投げ代行サービス」では、審査機関とのやり取りにかかる手間を大幅に削減できます。設計図や必要書類を送っていただくだけで、専門チームがすべての確認申請手続きを代行します。
役所や評価機関への書類提出、追加の問い合わせへの対応まで行うため、審査機関とやり取りする必要がほとんどなくなります。
通常、審査機関とのやり取りは時間がかかり、再提出が必要になることも少なくありません。しかし、丸投げ代行サービスを利用すれば、事前に基準に適合するようシミュレーションや計算が行われ、必要な書類も全て整えられるため、再提出や修正のリスクが大幅に減少します。
結果として、工期の遅れを防ぎ、本来の重要な業務に専念できます。